2007年11月30日

ティトゥス先生の講座を聞く



昨日銀天大学で琉大「地域デザインゼミ」の講座がありました。
若い大学生と一般の人が混ざっての面白い形の講座です。
今回のテーマは「親子で見たドイツの国際展」。
ドイツ出身のティトゥス先生親子の先日の旅の記録です。
写真のポスターは5年おきに開催される「DOCUMENTA KASSEL」の過去のポスター群。
1955年から開催されているこの国際展は、ドイツの代表的な現代アートの祭典だそうです。
ナチスによって迫害されてきた戦前のモダニズムの復権と、戦後の潮流となる今に通じる現代アートの可能性を追求してきた国際展で、今ではヴェンナーレと並ぶ一大祭典のようです。



ティトゥス先生の写してきたたくさんのスライドを見ながらの講座です。
色んな現代アートの作品を見ながら、やさしく、そして率直な批判も飛び出す先生の語りは、一般の人にも分かり易いものでした。
時として難解なものと思われがちな現代アートですが、こういう講座が頻繁にあればもうちょっと理解が進むと思います。
過去の既成の枠にはまったアートの世界から、自由で伸びやかな創造の世界が広がっているのが現代アートの世界だと思います。
それは空間と時間の二つの軸にまたがる想像力を、限りなく刺激するものです。
僕はそこに、現代アートと街の関わりの持つ可能性を感じます。
例えば銀天街の狭い路地も、発想を変えれば、アート空間に蘇らすことが出来るかもしれません。
そしてそこに暮らす人の歴史と記憶を、鮮やかに浮かび上がらす。
そこから画一的でないたくさんの時間を刻んできた空間を、美術館の様なものに置き換えられるかもしれません。
それにはアーティストの想像力と地域の行動力が不可欠です。

過去個人的なものだったアートの製作に、多くの一般の人も関わるようになってきました。
そのコラボレーションの中に、新しい街の可能性を感じます。
単なるパブリックアートの世界から一歩踏み込んだ世界へ、今確実にその流れは起きています。

現代アートは、空間と人をつなぎ、さらに時間をもつなごうとしています。
そこに僕はアートの持つ力を感じます。
そしてそれがまた未来へと続く子供たちの感性に、大きな影響を与えることが出来ると信じます。
街づくりの一つのテーマとして「アート」を掲げるのは発想を変えればそう難しいことではありません。
それが自らの街と歴史に目覚めることに繋がるわけですから。



今回の講座で痛感させられたのは、ヨーロッパの持つ歴史の重み。
スライドに映し出される街の光景と、文化を重視してきた歴史の流れを感じます。
しかしそれは同時に、アジア的な雑多な空間の持つ魅力をある意味浮かび上がらせます。
そこに僕は銀天街やゴヤの持つこれからの可能性を感じます。
そしてアカデミズムではなく、一般の人との関わりの濃い新しい現代アートの世界の展開を信じたいと思います。

やや難しい話になってしまいましたが、昨日のティトゥス先生の講座で感じた感想です。

さて銀大講座、土曜日には下記のワークショップが開かれます。
「コザ十字路国道拡幅工事と銀天街について考えよう」
時間は午後1時から予定しています。
関心のある方の参加をお願いします。













































Posted by 漫遊国 at 17:53 | Comments(0) | TrackBack(0) | コザあれこれ

2007年11月27日

町子と中の町応援隊の心意気を見た夜



土曜日のバーテンストリートはいつに無く盛り上がりました。
写真では閑散としている様に見えて、実は今回参加してくれた店は皆超満員。
この時間が過ぎてからどっと人が押し寄せます。



今回特筆されるのはライブが二箇所で行われたことでした。
写真は「微風」での比嘉よしひろさんのライブの模様です。



僕らは還暦祝いの同窓会の帰りに参加したのですが、三名の胸の方を見てください。
首からぶら下げているのは実は「愛の星保育園」の園児と保母さんたちが作ってくれたものです。
参加者はこれを皆つけて通りを歩きます。
中の町と保育園、一見全然関係ないように見えて実は大ありです。
今年7月かの大雨で、あげだ川沿いにある「愛の星」保育園が浸水被害を受け、甚大な損害をこうむってしまいました。
床上浸水で備品等が水びたし。
その再建に協力したのが云わずとしれた町子と中の町応援隊です。
前回のバーテンストリート祭りの時の売り上げの一部を寄付したそうです。
1、000円で飲み歩きというただでさえお客さんにとっておいし過ぎる赤字覚悟のイベントにも関わらずです。
その心意気たるや感動ものです。

中の町という名前を聞くだけで拒否反応を起こす世の奥さんたちも多いと聞きます。
しかしその再生の先頭で取り組んでいるのが実は女性、しかも本人は全然酒が飲めないときています。
しかも、う正体がばれてしまったからいいますが、実は役所の保育課の職員。
これが感動ものでなくてなんでしょうか。

一時期町子も落ち込んだ時もあったようです。
公務員がでしゃばったことをすることへの反発とプレッシャーを感じていたと思います。
しかしたとえ公務員であっても、地域を思う気持ちは同じ。
そして自ら出来ることをやるのはむしろ当たり前で、狭い枠の中に閉じこもることこそ非難されるべきことでしょう。
今市民が望んでいるのは、町子型の公務員。
市民と一緒に汗をかく努力と、その持っている知恵を街のために生かす公務員。
今町子の活動は確実に地域に認知されてきています。
そのことを是非多くの人に知ってもらいたいものです。

中心市街地の活性化に中の町の再生は欠かせないプログラムです。
沖縄一の繁華街だったかつての姿を再生するためには、新しい発想の「知恵」とそして何より「人」が必要です。
その二つを町子は見事に見つけ、そして動きました。
それが中の町のオーナ=たちの心をうったのです。
そしてその動きが、通りの清掃、また「バーテンストリート祭り」に繋がってきました。
何よりも特筆されることは、予算も自ら作りだし、自立の精神に満ち溢れていることでしょう。
単に中の町というなかれ、それこそ今後の街づくりのモデルとなるような動きなのです。



那覇から毎回参加してくれているOさんとその友達と一緒に笑顔でポーズ。
今や町子はコザの顔。
彼女のブログを見て、東京から那覇からファンが集まって来ました。
その輪はまだまだ小さいものかもしれませんが、しかし確実に広がりを見せてきています。

保育園と夜の街、その不思議な組み合わせの後ろに、面白い謎と、そして街と人の関わりの面白さが潜んでいます。
そしてその中に街づくりの大きなヒントも隠されています。

土曜日は、町子と中の町応援隊のメンバーの大きな心意気を全身で感じた夜でした。
おかげで日曜日のゲート2フェスタの時まで二日酔い状態で一杯の泡盛も飲めませんでした。
しかし心地よい二日酔い。
町子と中の町応援隊に改めて乾杯、そしてありがとう。



















































Posted by 漫遊国 at 07:00 | Comments(2) | TrackBack(1) | コザあれこれ

2007年11月26日

団塊第一世代の同窓会はサプライズ



先週土曜日、昭和22年生の同窓会兼還暦祝いの会が商工会議所のホールで行われました。
実行委員会の予想をはるかに上回る200人以上の人が集まりました。
本土から八重山から、この日のために駆けつけたくれた人もけっこういます。
42年ぶりの再会に戸惑う姿があちこちで見うけられ、話が途切れることがありません。
とても司会者の声が届く状況では無くなっていきました。



髪の毛がまだ黒い人、白い人、薄くなった人、無くなった人は帽子でごまかします。
(ちなみにぼくも帽子をかぶって行きました)
体重も様々で、高校時代あれほどやせ細っていた奴がふっくらとしていて、街で出会っても絶対気がつかないぐらいの変貌ぶり。
短い立ち話の中に、40年余の人生の歩みが垣間見れます。
脳梗塞で倒れ長いリハビリ生活を送った奴、復帰前後をはさんで企業戦士として活躍しながら今はやや疲れが見える奴とか、実に様々。
そして現在も要職につき毎日飛び回っている奴も結構います。
しかしその何れにも時の重みは容赦なくのしかかっていることでしょう。

もう人生の過半は過ぎてしまいました。
しかしこれからのある意味「まとめ」の時期の方が、むしろ長く感じられることになるかもしれません。
そして確実に「老い」と「死」は迫ってきます。
最後の人生設計を誤ることなくこれからの時間を考えていきたいものです。



変貌著しい同級生の中で目立っていたのがこの人です。
60にはとても見えないその容姿は、ヨガで鍛えたもののようです。
とても同級生には見えなくて皆びっくり。

この夜は久しぶりの再会にいつまでも話が尽きることはありません。
このような会合が次いつ出来るか分かりませんが、それまで皆元気でいてほしいものです。

































Posted by 漫遊国 at 15:33 | Comments(1) | TrackBack(0) | コザあれこれ

2007年11月24日

ゴヤの新しい波の予感



先日偶然にも[MOG KOZA]のメンバーに会いました。
前から是非一度ゆっくり話したいと思っていたのでほんとラッキーでした。

写真のチラシにあるように、12月9日の「空中タウン」のイベントの宣伝に来てくれたのです。
今回で二回目になるコリンザ屋上でのイベントです。
若い人が中心の、まったくの手作り感溢れる素敵な企画です。
売っている商品もイベントの内容も、これまでのゴヤのそれとは一味違います。
若い感性の溢れたセンスの良さ。
これから何かが変わっていく、そんな予感を感じて嬉しくなりました。



素敵な笑顔の二人。
今までの街づくりのメンバーと一味違う魅力を感じます。
そう、自分たちが楽しくなければ街も楽しくなる筈がありません。
その原点をしっかり持っていることがメンバー全員から感じられます。



今度は一転真剣な眼差しのメンバー。
実は今後の「コザ漫遊国」との連携と協力を雅子さんと話し合っているところです。

ややもすると欠けていた若い人たちの視点からの街づくり、強力な担い手の出現です。

主役の交代を視野に入れるというのも面白いものです。
現に銀天街ではそれが起こっています。
そしてそれを支える強力なサポーターに街の皆が徹するというのは愉快なことです。
もちろんその過程には色んな軋轢もありますが、勇気と忍耐が必要です。

コザに残された時間はそうたくさんは無いのかもしれません。
ミュージックタウンの完成で油断してはなりません。
現に空き店舗は増え続けているわけです。
まず自分達で出来ることから始めることが大事なことです。

その意味で「MOG KOZA」のメンバーとの今後の連携と協力は、新しい波を起こせる可能性を感じます。

さて、今日はこれから同年生合同の「還暦祝い」のパーティー、そしてその後は中の町応援隊主催の13店舗飲み歩きツァーです。
1、000円で13店舗飲み歩くという実に大胆で超お徳な企画。
明日はゲート2フェスタ、今夜何軒廻れるか不安です。
とにかく今夜は長い夜になりそうな予感。



































Posted by 漫遊国 at 14:43 | Comments(0) | TrackBack(0) | コザあれこれ

2007年11月23日

「コザの入り口」設計者の大野君



今年夏の大野君。
コザ漫遊国の情報大臣的存在です。
(出身地等は本人のブログを見て下さい)
先週から沖縄入りして昨日筑波に帰りました。
いや行ったというほうが当たっているのかもしれません。
何しろ筑波の方に出稼ぎに行っているような感覚が僕らに自然にあるような気がするからです。
特に最近は月の半分ぐらいは沖縄ですから余計にそう感じるのかもしれません。

「コザの入り口」が立ち上がってから一年余が経過しましたが、その中で大野君の果たした役割は大変なものがあります。
地域の情報発信能力が試される現在、微力ながら我が「コザ漫遊国」のはたしている役割は大きいものがあると思います。
県外に行くたびに「ブログを見ているよ」と言われた時の驚き、それは感動ものです。
「コザの入り口」の情報発信機能の持つ意味を、改めて再認識させられます。
それもこれも大野君、それに雅子さんがいたからこそ出来たことです。



今週の大野君です。
「コザの入り口」のバージョンアップの説明をしてくれています。
改めて大野くんの凄さを感じます。
コザに彼がいることの幸せをつくづく感じます。
面とむかってはなかなかいえなかったのですが、大野君本当にありがとう。
そしてこれからもよろしく。





















Posted by 漫遊国 at 18:00 | Comments(1) | TrackBack(0) | コザあれこれ

2007年11月23日

街に図書館があるということ



空き店舗の目立つゴヤの中心市街地。
色んな活性化策が試みられてきました。
しかしなかなかその効果が表れません。
何回も言って来たことですが、これからは発想を変えて取り組むことが大事な時期に来ているのではないかと思います。

今全国のモデルになっている青森市の「コンパクトシティー」、その最初のきっかけを作った「図書館」について今回考えてみましょう。
ご存知のように青森市は、中心市街地への街なか居住を進めて行政コストを減らすことを優先課題に挙げて取り組んできました。
年間20億円余の除雪費用と高齢化社会への対応がその根本にあったようです。
そしてその手始めとして駅の近くに公共図書館を作りました。
それは当初の目論見よりはるかに凄い波及効果をもたらしたようです。
まづ中心市街地に市民が戻ってきました。
そして衰退していた中心市街地の活性化の方策が、そのことがヒントとなって多くの市民の理解を得るようになってきました。
中心市街地に出来るだけ公共機能と居住機能を集約させることの意味、その具体的な例を作りだすことの意味が分かり易くなってきたのです。
そして青森市はさらに進化した「コンパクトシティー」構想を推し進めていくことになります。

ひるがえって我が沖縄市を考えてみましょう。
今まさに沖縄警察署と沖銀のコザ支店の移転が確実の状態にあります。
これまでの沖縄市の歴史は、中心市街地からの公的な機関の移転の連続の歴史でした。
古くは中央病院、裁判所検察庁等の法務関係の役所、郵便局、保健所、看護学校、そしてそれに伴う民間の関係する組織も皆移転か廃業しました。
また旅行社もとうとう一社もなくなりました。
そして最近までサンシティーにあった老舗の本屋さんまでもとうとう廃業です。
これでは生半可の活性化策ではもうどうにもならないでしょう。

もちろんコザの持っている歴史的、文化的な特性に根ざした活性化策は、ますますその重要性を増しています。
それこそ切り札になるものですが、しかしそれにはある程度の時間と忍耐が必要です。
また「街なか居住」にしても何年もかけてやるものです。
時間はそんなに残されていないのです。

そこで提案ですが、青森市と同じ様に、街の中の図書館を核とした活性化策を考えてみたらどうでしょうか。
それは億単位の金のかかるものではなくても良いのです。
空き店舗を利用した低コストの「街なか図書館」。
当初は貸し出し無しにして、出来るだけ運営経費を掛けないという方法もあります。
それが市民ボランティアにある程度の運営を任すことにつながります。
また図書も、全国の公共図書館の廃棄本、市民が自ら持ち寄った図書を中心にしたある意味ほんとうの市民図書館。
運営は市民委員会を作ってそこに任す。
もちろん委員は皆無給。
正式な司書の方もその中に含めましょう。

そして「街なか図書館」の周りには、子供のための学習支援施設、子育て支援施設、高齢者の居場所施設。
また現在中央公民館が担っている生涯学習の施設、働く婦人の家の様々な講座のための施設、さらに忘れてならないのは、市民の健康を増進させるための施設。
これらを効果的に、「街なか図書館」と連動するように周りに集中的に配置。
そのあたりを色んな世代、様々な人が集まる街なかの交流拠点にします。
しかしその何れもが、市民が主体となる新たな組織が運営することがポイントです。
もちろん行政の知恵、ノウハウは当然欠かせませんし、ある程度の予算の捻出もひつようです。
しかし常に低コスト、そして市民との協働による街づくりの根本的な理念は欠かせません。

地道に、身の丈にあった街づくりには、新たな市民の参画を促す仕組みが絶対必要です。
そのための仕掛けのひとつが「街なか図書館」だと位置づければ、決して無茶なことではないと思います。

行政の財政の厳しいおり、今までの発想を転換して、勇気を持って、市民が主体の組織づくりをまず考えてみたらどうでしょうか。
それは今回の「街なか図書館」に関することだけでなく、色んな分野にまたがることかもしれません。
機会があればまた別のことを論議してみましょう。





















































Posted by 漫遊国 at 08:00 | Comments(3) | TrackBack(0) | コザあれこれ

2007年11月23日

帰ってきたドラエモン



先日台座から落っこちているドラエモンのことをお知らせしましたが、先週見たらちゃんと元の場所に戻っていました。
おそらくもう撤去されるとばかり思っていましたから、ほっとひと安心。
ほんとに不思議なドラエモン地蔵です。
夜ゴヤで飲んでたまに歩いて帰るのですが、その途中にこの石像があるのです。
夜の闇の中での存在感たるやなかなかのものです。
そして誰が作ったか分からない、誰の所有か分からないという謎がさらに想像力を働かせてくれます。

夜のウォーキングの楽しみがこんなところにもあります。
Posted by 漫遊国 at 00:00 | Comments(0) | TrackBack(0) | コザあれこれ

2007年11月22日

13夜夜会盛況でした



今月の13夜夜会が火曜日、銀天街で行われました。
交流と資金造成も兼ねての会合ですが、料理は毎月違うものが出されます。
先月はインド料理でしたが、今月はペルー料理。
くすのき通りにあるペルー料理の店から林君が調達してきました。
そして漫遊国の勝連さんが手製の「ジーマーミ豆腐」を差し入れ。
真っ白なその姿に皆びっくりです。
来月がまた楽しみになってきます。



今回のゲストは、栄町で活動なさっている国吉さんです。
皆真剣に楽しく聞いています。



国吉さんの独特の風貌、その魅力はまさに「栄町の仙人」。
いつの間にかその語り口に引き込まれていきます。
そして国吉さんの今までの活動の実績は、直に接しないとその全貌が見えてこないものです。
まだコザの人間が「アート」と街の関係に疎かった時から、その活動は始まっていたのです。
前島アートセンターの活動を側面から支えてきたその人柄は、まさにスーパーサポーターです。

先月前島アートセンターが栄町に引越しましたが、そのきっかけとなったのが、銀天街でのスタジオ解放区の活動だったと聞いて嬉しくなりました。
藤森、林両君の活動をちゃんと見てくれている人がいるということです。



その後は飲みながらの交流会。
今回特筆すべきは、ゲート通りの我喜屋会長が参加してくれたことでしょう。
今まで銀天街とあまり接点がないと思われていましたが、しかしコザを愛するのは共通です。
そして栄町との交流が実はコザにとって一番参考になるものかもしれないことを確認。
機会を見つけて、コザ商店街連合会での講演会を開催することを国吉さんと合意。
これからの栄町との交流に期待がもてそうです。

コザが音楽だけではなく、アートと街の関係に気が付いた時、今までと違う視点の街づくりが出来ると思います。
それは先日の「アサヒアートフェスティバル」の報告会に参加した時実感したことです。
そして外からの人の知恵、若い人の知恵をいかに生かしていくかが今後問われます。
そういう意味で国吉さんから、「前島アートセンター」から学ぶことはとっても多いものがあると思います。



13夜夜会には様々な方が参加してくれています。
大学生から年配の人まで実に多彩です。
地域も様々で、今回は浦添、那覇、そして東京からの参加もありました。
東京からの参加者は、今回コザの街角でアートプロジェクトを仕掛ける東京芸大の中村先生と元「クバプロジェクト」の宍戸さんです。
今回はかなりの長期滞在になるようです。
詳しいプロジェクトの内容は後日お知らせしたいと思います。

さて13夜夜会では毎回参加者の近況報告がありますが、それが楽しみで来ていると言う人もいます。
ふだん会っている人でもなかなか知らないことが多いものです。
改めてその人の魅力を発見する楽しみがあります。
それこそが「13夜夜会」の意義の一つです。
次回も第三火曜日の夜7時から「銀天大学」で開催されます。
多くの方の参加をお待ちしています。

最後に、僕の60歳の誕生日を祝ってのケーキと花束、コザオリジナル帽子をありがとう。
誕生日なんてあまり縁のない僕には、超サプライズの出来事でした。
改めて感謝です。























































Posted by 漫遊国 at 12:09 | Comments(0) | TrackBack(0) | コザあれこれ

2007年11月19日

とっても小さい情報誌



毎月第三土曜日恒例の銀天街屋台まつり。
激しい踊りのアケミダンススクールのキッズ。
動きの速さに携帯のカメラがついていけません。
いつもながら子供達のリズム感の良さ、運動神経の素晴らしさには脱帽です。
普段あまり激しいビートの音楽に付いていけない銀天街のおじーとおばーもこの子たちの一生懸命さに拍手。



そして銀天街のリズムといえば民謡もわすれてはいけません。
地元で民謡クラブを営む「仲里幸一」さんのグループです。
久々の出演です。
今回は安慶田のフラダンスの皆さんの友情出演もあり盛り上がりました。



そして土曜日に発刊された小さいミニコミ紙。
その名も「銀天劇場」、藤森、林両君の手作り感の溢れる可愛い情報誌です。
まさに今動き始めた感じがいっぱい。



裏面には銀天大学のスケジュールがのっています。
動き始めたばかりで空いているスペースのほうが多いのですが、これからどんどん埋まっていく予定です。
その中で特筆されることを幾つか紹介しましょう。
11月29日(木)に「銀大講座」と題して、ティテゥス先生と「琉大地域デザインゼミ」の学生さんと一緒に世界の美術を学びましょう。
今回は「親子でみたドイツの国際展」がテーマです。
テーマは硬そうですが、これまで銀天街、栄町と活動した経験から、斬新な発想の話になりそうです。
またゼミの学生の若い視点からの活動の話も出ることでしょう。
多くの人の参加を期待します。

そして12月1日(土)には「十字路拡幅工事と銀天街について考えよう」をテーマに「銀大ワークショップ」が開かれます。
国道拡幅の及ぼす影響と可能性について論議していきます。
商店街の皆さんだけだなく、「中心市街地活性化部会」のメンバー、行政の皆さんの参加もお願いします。

さてその他、来年アーケード内を舞台に見立てた芝居のプロジェクトが進行中です。
現在脚本も完成し、いよいよこれから演技練習に入るようです。
前回の上演の時に感じた、アーケードの路地の狭い空間の持つ魅力、それがいっぱいの芝居になることでしょう。
乞うご期待です。



そして現在写真にある様に「山岸遼士」君の素敵な日本画の展示会が開かれています。
また少しアートの輪が大きくなった様な気がします。

このように地道に着実に活動の輪が広がりつつあります。
それ以外にも子供を対象にした本の読み聞かせも始まりそうです。

皆が先生で学生というのが「銀天大学」の考えかたです。
是非皆さんの参加をお待ちしています。






































Posted by 漫遊国 at 07:00 | Comments(0) | TrackBack(0) | コザあれこれ

2007年11月18日

銀天大学13夜夜会は火曜日です



右の方が先日栄町でお会いした国吉さんです。
失礼ながら僕には栄町の「仙人」に見えました。
前島アートセンターの理事をなさっています。
栄町での活動は先日の視察のおりいろいろ伺ったのですが、その話を是非コザの皆に聞いて欲しいと思っていたところ、今月の第二回目の「銀大13夜夜会」で実現することになりました。
藤森さんを進行役に、僕と二人の対談という形をとります。
しかし出来るだけ国吉さんに喋ってもらうために僕は引き出し役に徹しようと思っています。

今コザの街づくりに一番参考になるのは、身近な栄町市場かもしれません。
銀天街だけでなく、是非ゴヤ地区のメンバーにも聞いて欲しいと思います。
アートと街の相乗効果を皆で議論してみましょう。

当日の時間は夜7時からです。
場所は銀天街アーケード内、てんぷら屋の惣菜通り近く、国道329沿いの「銀天街ギャラリー」です。

なお会費は1、000円、余裕のある方は2、000円、3、000円となっています。
あくまで自己申告で領収書の発行はありません。
当日は簡単なおつまみと泡盛が用意されています。
余ったお金は銀天大学の活動資金になります。

多くの方の参加をお願いします。





Posted by 漫遊国 at 14:27 | Comments(0) | TrackBack(0) | コザあれこれ

2007年11月18日

中心市街地活性化部会「提言書」提出の日



先週金曜日、沖縄市100人委員会「中心市街地活性化部会」の市長への提言書提出が無事終わりました。
普通でしたらそのセレモニーは市長室で行われるのが当たり前でしょうが、そこが「コザ」感覚、パルミラ通りの並木の下での挙行となりました。



幸喜委員長から東門市長への提言書の提出です。
1月30日の初委員会の会合からの永い道のりでした。



提言書を受けての東門市長のご挨拶です。
無事提言書がまとまるのかハラハラしていたと思います。
正直メンバーも、ここまで来れるか不安でした。
一般公募というある意味難しい試み、議論の方向性が定まらない時期が最初続きました。
僕個人も正直辞めたいと何度思ったことか。
しかしある時期、部会を二つに分け、それぞれの地域で、地域の人も交えて論議を重ねてから雰囲気がだいぶ変わってきたと思います。
そして何度もフィールドワークを重ねる内、メンバーもそして一緒に参加している市の若手職員の意識もだんだんと変わって来ました。
そして何よりメンバー同士の交流と繋がりが出来てきたのが大きかったと思います。

今回の提言書は、あくまでも短期のハードルの低いものに目標を設定したものです。
中期的、長期的なものの論議は今後も続く課題です。
しかし今回の部会活動で見えてきたことの意味は、大きな財産として残ることでしょう。
その一つは、従来型の委員会と違い、市民と行政がまづ同じテーブルに付けたということ。
二つ目は、その結果として行政の持つ情報の大切さ、そしてその限界も感じさせられたということ。
三つ目は、それゆえに市民自らお金も汗もかかなくてはならないことを再認識したこと。
四つ目は、だからこそお互いの出来ることと出来ないことの役割分担の重要性を認識したこと。
最後は、街づくり、街おこしには市民と行政の垣根は低い、あるいは無いということの認識を持てたこと。
補足をすると、自治体の財政事情の厳しいおり、最小の費用で最大の効果を挙げる「知恵」が今後求められていくことになるでしょう。
そのためにも、市民と行政の双方が、これまでのやりかた、これまでの発想の転換を図る意識改革の必要性が求められます。

中心市街地の活性化の問題は今や全国的な課題です。
沖縄市がいち早くそれに道筋をつけ、全国のモデル、救世主になれるよう一人一人の奮闘が期待されています。

委員の皆さん、そして今回委員会をサポートしまた議論にも加わった市の若手職員の皆さん、本当にお疲れさんでした。
そしてありがとう。

しかし活動はこれからもエンドレスでまだまだ続きます。































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2007年11月16日

北東北紀行(2)



岩手県釜石市の朝の港。
云わずとしれたラグビーの常勝軍団「新日鉄釜石」の本拠地だった所です。
その軍団も今は有りません。
街の経済を支えていた新日鉄の高炉閉鎖で、従業員も最盛期の五分の一ぐらいに減ったそうです。
当然街の総人口も10万人近くから4万8千人に激減。
典型的な企業城下町の盛衰を見る思いがして心が痛みます。

しかし釜石で出会った人はとても優しさに溢れていました。
「鉄の歴史館」の案内の人、ホテルのレストランの若く可愛いウエイトレス、その上司の中年の女性、皆実に物腰が柔らかく、おそらくこの街の持っている歴史と風土の中で育まれてきたものが滲みでているような気がします。

人口減とは無縁に見える沖縄、しかし現実にはそれこそ中心市街地は高齢化と人口減に悩まされているわけで、決して他人事ではありません。
また国際情勢の激変で、沖縄自体がどうなるか誰にも確実な予測は出来ない筈です。
歴史に結論は永遠に無いわけで、驕りと慢心は結局衰退を招くというのはある意味歴史の真理かもしれません。



20年ぶりに訪れた弘前市の旧市街地。
近くには弘前城公園があります。
今回の訪問で目に付いたのが郊外に広がるショッピングセンターの群れでした。
20年前には無かった国道のバイパス整備に伴って出来たものです。
おそらくここ数年で凄まじい勢いで広がっていったと思われます。
今や完全に街の様相を一変させてしまいました。
そしてそれは弘前だけではなく、隣の黒石、そして青森市にまで及んでいます。
まさに全国一律の金太郎飴のような醜悪な光景。
歴史と風土など関係なく自己増殖する細胞群。
それが旧市街地を根絶やしにするのにそんなに時間は掛からないでしょう。

今はまさに時間との戦いになっているのかもしれません。
そして街というものに対する意識改革のスピードが、その時間に追いつくことが出来るかが問われています。
しかしたちの悪いことに、意識改革こそがある意味最も時間が掛かるしろものの様な気がします。
皆なかなか従来型の発想から抜け出すことが出来ません。

しかしここまで来たからには、一人一人が出来ることを分相応にやっていく以外ないかもしれません。
たとえそれが小さいことでも、ある日逆転の時間が来ることがあるかもしれません。
あきらめない、それこそがわずかばかりの可能性を作り出してくれるものです。

























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2007年11月15日

銀天街屋台まつりは土曜日です



先月の屋台まつりで24日の1000円で13店舗飲み歩き の宣伝をする中之町応援隊のメンバー。

恒例の銀天街屋台まつりが今週土曜日午後4時頃より行われます。

4時から岩本カラオケ教室の歌謡ショウ

5時からはスタジオ解放区のマル秘イベントがあるそうですが、詳細はまだだれも知りません。乞うご期待。

そして6地30分からは今ゴヤで人気沸騰のアケミダンススクールのダンスショウです。

子供達の生き生きとした素晴らしい踊りは先日のハロゥインでも大人気でした。

最後は、地元で活躍している仲里幸一さんのグループによる民謡ショウです。

このグループには凄い早弾きの高校生がいたのですが、今回是非もう一回聞いてみたいものです。

さおの短い沖縄の三線を、まるで津軽三味線のごとく扱う数少ない逸材です。

さて銀天街青年部では、次回から屋台まつりの協力ボランティアを募集するようです。

高齢化で担い手不足が否めないためですが、この街が好きな方の応募をお待ちします。

そして一緒に中心市街地の活性化を考えていきましょう。

さらに「銀天大学」でも一緒に活動してくれるボランティアを募集しています。

詳しくは当日会場にいる仲田藤森までお願いします。













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2007年11月15日

北東北旅行記



先週、ほぼ20年ぶりに北東北3県の紅葉ツァーに行ってきました。
その四日前に東京から帰って来たばかりだったため、今回のツァーがかなり厳しいものになるのは予想していましたが、あんのじょうかなりハードな旅になりました。
毎日午前5時起き、しかもかなりの長距離移動、病み上がりの腰が最後まで持つか心配でした。
しかし日頃の水中ウォーキングの成果がでて無事帰還。

今回の旅は最初からドラマチックなものでした。
秋田空港に着く前からの悪天候で、飛行機はガタガタ、着陸態勢に入ってから突然客席の前の方でバシッと閃光。
さらにガタガタ揺れがひどくなりました。
雷が直接落ちたのです。
生きた心地がしません。
着陸までの十分ぐらいの時間が無限に長く感じられます。
遺書を書いて来なかったことに後悔しました。
しかし現代の飛行機の素晴らしいこと、雷が落ちてもちゃんとバックアップ体制がしっかりしているのでしょう、無事着陸です。
思わず拍手です。

こうした難局を乗り越えての紅葉ツァーでしたが、結果は大満足です。
角館の武家屋敷から始まった行程、やや初冬の趣で、果たしてどこまで綺麗な紅葉が見れるのか疑問でした。
しかしそれはまったく危惧するにはあたりませんでした。
写真の武家屋敷の紅葉も周りの雰囲気とよくマッチしていて趣きのあるものでした。



岩手平泉の中尊寺の紅葉。
ここは初めての訪問でしたが、今まで僕が知っている中で第一番のお寺です。
一つの山全体がお寺になっていて、決して俗っぽくなく、変な荘厳さもなく、むしろ親しみやすさを感じさせる様な雰囲気。
東北の美の根源にあるものを感じます。



遠野の「柳田國男」ゆかりの「柳翁宿」横の紅葉。
沖縄とも関係の深い柳田國男関連の資料があります。
たっぷり時間をとってもう一度訪れたい場所です。



今回の旅の圧巻は最終日におとずれました。
弘前城のお堀の紅葉、天守閣も遠くに見えています。



弘前城の紅葉は他所とは別格の見事さです。
色づきが全然違います。
これだけは写真ではとても写せません。
本物を視る以外その感動を伝えることはとうてい出来ないでしょう。

さて弘前城の紅葉に感動したのはいいのですが、帰りの飛行機がまた大変です。
北秋田能代空港から羽田まで、またしても悪天候のためガタガタの飛行状態が続きます。
さらに羽田から那覇の飛行機が、突然の横風であわやオーバーラン寸前。
幸い無事でしたが、今回は飛行機に悩まされました。

しかし今回の旅はそれを除けば大変満足のいくものでした。
次回の旅からはちゃんと「遺書」も書いて、後顧の憂い無くのぞみたいと思っています。

































Posted by 漫遊国 at 13:16 | Comments(0) | TrackBack(0)

2007年11月11日

健康がキーワードの次の街づくり



松本にある有名な健康施設。
筋トレからエアロビクス、太極拳、ヨガ、スイミングと実に様々なプログラムがあります。
おそらく会員数は3000名近くいると思います。
しかも夜12時までの営業です。

僕は去年末のヘルニアの手術後のリハビリの為の水中ウォーキングに通っています。
水の中でたっぷり一時間のトレーニングです。
ふだんは怖くて絶対出来ない運動も水の中だと楽々と出来るから不思議です。
おかげで最近はちょっと調子が良くなりました。

さてそこに通うようになって分かったことがあります。
現代がいかに健康ブームかということと、特に女性の健康志向の強さです。
会員の割合はおそらく半々かもしれませんが、実際トレーニングしているのは圧倒的に女性です。
特に午前中は8割が女性、しかも高齢者。
この調子でいくと女性はますます長生きすることになるでしょう。

沖縄が長寿日本一の座を明け渡してしまうのは確実なことの様です。
そこで各市町村もこれから躍起になって住民の健康問題に取り組むことになると思います。
そこで提案です。
もっと身近な所での健康増進プログラムの展開が考えられないものかと思います。
食事指導、簡単なエクササイズが出来るジムを中心市街地に設けられないでしょうか。
それは同時に高齢者の居場所作りにもなるかもしれませんし、子供を含めた3世代の交流の場の役割を果たすことになるかもしれません。
また若いお母さんたちと子供の保育支援の為の「集いの広場」的な役割を持たすことも可能でしょう。
地域コミュニティーの再生に向けた近道かもしれません。
そして近年沖縄市の中心市街地で増えている「孤独死」を最小限に抑える大きな役割を果たすかもしれません。
さらにそのことが地域の防犯、安全に重要な波及効果をもたらすことも期待出来ます。

中心市街地の活性化を単に商店街の振興という視点から捉える人が多いと思いますが、しかしその機能はほんの一部でしかないのです。
むかし中心市街地が担ってきた機能には、よく考えると様々なものが有った筈です。
それを今一度復活させること、中心市街地を市民の側に近づけることが今求められています。
それこそがバランスの取れた沖縄市を作ることになると思います。

中心市街地に公的機能を復活させるには、今様々な部署で行われている事業の再配置という考えでも良いと思います。
決して過度の資金をかけず、市民と一緒に運営出来るシステム作りから始めてもいいのです。
それは又、市民自らコミュニティーを再構築していくことにも繋がることでしょう。
そして地域が生き生きして元気になれば、結果的に行政コストも安くなる筈です。

中心市街地の活性化には、今までの様な縦割り行政ではもう対応出来ないでしょうし、その限界も見えて来ました。
むしろこれからは、中心市街地を市民の側に引き寄せるという発想の方が正しいのかもしれません。
ある意味主役の交代を伴う発想です。
それにはいろいろな反発、商店街、市民の双方からの反発があることでしょう。
ある意味勇気が必要かもしれません。
しかしその勇気がこれから必要なものになっていくと思います。







































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2007年11月10日

倒れているドラエモン



暗闇の中に横たわるドラエモン。
美里のau横の県道沿いに立っていたドラエモンの石像が台座から落ちていました。
まさか7月の台風で飛ばされたということではないと思いますが、ちょっと気になります。



このように台座は空っぽ。
誰かがわざと落としたとしか思えません。
この石像、実はもう永いこと所有者不在。
たぶん前にこの場所でパーラーをしていた人が建てたと思いますが、もう十年近く前に廃業しています。
それ以来ずっとこの場所にあって、お地蔵さんの様な守り神的存在でした。
しかしそのたっている場所に「売地」の看板が立てかけられていますので、ひょっとしたら地主の方が撤去するために倒したのかもしれません。
ちょっと謎の残る不思議な光景です。










Posted by 漫遊国 at 07:00 | Comments(1) | TrackBack(0) | コザあれこれ

2007年11月08日

不思議な造形美



おそらくこの写真を見てこれが何なのか分かる人はえらい。
特に女性には絶対分からないと思います。
実はこれ、先日行われた「アサヒアートフェスティバル」の時利用させてもらった「アサヒアートスクエア」の男子トイレの小用便器です。
ピカピカのステンか何かの材質、しかも形状が想像を超えた奇抜なものです。
しかしあくまでも実用的。
思わず感動しました。
デザイン力の凄さ、場所と区間の置かれている位置を見事にわきまえている存在感。
おそらく日本中のトイレで一番思い出に残るものでしょう。
思い出に残るトイレなんて本来変な話ですが、それこそがアートの力の一片を表すものかもしれません。

街とアートの関わりなんて難しいことだと思われるかもしれませんが、このトイレはその回答の一つです。
東京に行く機会があれば是非ともこのトイレに入ってみて下さい。
目からウロコとはこのことです。





Posted by 漫遊国 at 06:00 | Comments(0) | TrackBack(0)

2007年11月07日

浅草屋台通り



浅草の屋台が並ぶ通りの光景。
この日は競馬と「時代祭り」があったせいでどこのお店も満員でした。
最近の僕には東京と言えば「上野」「浅草」、特に屋台と立ち飲みの店専門。
この屋台街には必ず立ち寄ります。
また上野の「コリアタウン」もお気に入りの場所です。



浅草場外馬券場の裏の立ち飲み屋での花ちゃん。
浅草っ子の彼女の知り合いがやっています。
競馬帰りのお客さんで混んでいました。
店は家族でやっているのですが、馴染みのお客さんが多くて、だれ彼ともなく話しが弾んでいます。
そして知らない者どうしも何時の間にか会話の輪の中に引きずり込まれます。
つまみも時にはセリ販売に掛けられ、早いものがちです。
実に活気に溢れています。
しかしその活気は、「こうちゃん」とその「おじさん」、家族の持つ接客能力の高さの証明のような気がしました。
見ていて実に気持ちのよいものでした。



先ほどの屋台通りの外人向けのカラオケ屋台。
ちゃんと英語版のカラオケが有ります。
さすが浅草といったところでしょうか。
コザにもこういう外人向けのカラオケ屋台ができればちょっとした名所になること間違いないと思います。



こちらは上野駅近くの立ち飲みや、最近の僕のお気に入りの店。
皆同じ黒いスーツ姿。
この時期の沖縄の「かりゆしスタイル」に馴れてしまった者には、ちょっと異様な光景に写ります。
店内の雰囲気も浅草とは全然違います。
この店は信州の作り酒屋の直営店で、日本酒がほんとに旨くてしかも安い。
しかし今回は飲みすぎて翌日は二日酔い状態、かなりきつい思いをしました。

さて銀天街の屋台村構想、いざやってみないと分からないのですが、浅草の例は参考になるかもしれません。
もちろん圧倒的な人間の数の違いがありますから、「コザヴァージョン」なるものを考えなくてはいけません。
それがどのようなものになるのかは知恵の勝負です。
ひとつだけ言えるのは、屋台をやっていく人の「人間力」そのものを重視しなくてはいけないということでしょう。
浅草の屋台の「こうちゃん」とその「おじさん」の接客能力に今回は感銘を受けました。
要するに商売の原点は「人間力」そのものだと改めて感じました。

コザで屋台村を作る可能性のある場所としては銀天街だけではなく、パルミラ通りやゲート通りも最適な候補でしょう。
そのためには道路そのものの見直しが必要です。
これからの論議が待たれるところです。





































Posted by 漫遊国 at 09:22 | Comments(0) | TrackBack(0)

2007年11月06日

アサヒアートフェスティバル懇親会



土曜日の「アサヒアートフェスティバル」懇親会の模様。
会場はアサヒビール本社近くの居酒屋。
狭い空間に100名近くの人間、熱気むんむんです。
ビールは当然「アサヒ」です。
しかしちゃんと「オリオンビール」も有ります。



報告会であれほど緊張していた林君、懇親会では満面の笑み。
今回林君は、「向島アートまち大学2007」の「商店街とアートの良い関係とは?」でもパネラーを務めました。
しかもその時のゲストは二人だけだったようです。
僕らは沖縄にいて心配していたのですが、しかし曽我さんの話では林君らしくて良かったとのことで一安心です。
林君ほんとにご苦労さんでした。



同じく懇親会場での藤森さんと大ちゃん。
いつもの素敵な笑顔。
その日の笑顔はとっても輝いて見えました。



懇親会の前に会った宍戸さんと花ちゃん。
宍戸さんは来年2月にコザでアートイベントを仕掛けるそうです。
「クバプロジェクト」からはや5年、その素敵な、知的な笑顔は全然変わりません。
久しぶりの再会で変わらぬ姿を見て感激です。
来年のプロジェクトが成功するよう祈るばかりです。



最後に同じく元「クバプロジェクト」のメンバーのめぐみちゃんです。
先週沖縄に来てくれたのですが、東京でまた再会です。
この様に彼女達の絆とネットワークはとても強いものがあります。
そして共通しているのはその素敵な笑顔。
今回多くの笑顔に出会いました。
今さらながらその笑顔にありがとうと言わせてもらいます。
大変素敵な旅でした。



















Posted by 漫遊国 at 05:27 | Comments(0) | TrackBack(0)

2007年11月06日

さざなみからうねりへ、そして大いなる次へ



浅草吾妻橋のほとりにある「アサヒビール」本社の夜景。
土曜日はアサヒアートフェスティバル(AAF)2007の報告会に参加させてもらいました。
一回是非参加したいとは思っていましたが、今回機会があってそのチャンスが訪れました。



会場は多くのアーティストで一杯です。



会場の周りには今回参加してくれたアーティストのブースが並んで、交流の輪が広がります。
左はしが「スタジオ解放区」のブースです。
藤森、林両君の姿が見えます。



我がスタジオ解放区のブースには何故か「花ちゃん」が。
何名かの来訪者に熱心に応えていました。



第一回めのディスカッションの様子です。
各地域での活動の報告があります。
ピアニストの手によって、日頃聞き慣れた街の音を再発見する旅の企画、中学生が学芸員になって学校が美術館に変わる企画、地域特産の玉葱をテーマにした食と育成プログラムの企画、島の小学校をアトリエにしてしてアーティストが滞在製作、発表をする企画等々実に様々な試みがなされています。



そしていよいよ林君の発表の場。
その直前藤森さんも会場に到着。
沖縄の関係者は皆林君の発表を固唾をのんで見守りました。
正直自分が発表するより緊張する瞬間。
でも何とか終わりました。
後で聞いた話では、それが林君の持ち味で、それで充分良かったとの評価を頂いてほっとしました。

今回の報告会、ほんとに参加して良かったと思います。
アートと地域、街、人との関わりがこれほど大きな広がりを持ち、しかもアーティストどうしのネットワークがこれほど強いものかというのは参加して初めて分かることです。
「アートができること、人と人を結び、人とまちをつなぐ」
確か2005年のテーマだと思いますが、そのテーマが今年は「さざなみからうねりへ」に発展しています。
報告会の発表を聞いていてもAAFの進化を実感します。
もちろん我が街で活動してきた藤森、林両君と街の人々の進化をまざまざと見ている僕らにとっても、今年のテーマはまさにピッタリの標語です。
もし彼らがいなければ、アートと街、地域との関わりというのは、単なる言葉だけのものでしかなかったことでしょう。
アートの持つ力を実感することもなかったでしょう。
たぶん美術館の枠の中の空間しか知らなかったでしょう。

今僕らは、アートの世界が枠の中の狭い世界から、もっと無限の創造力、想像力の世界に飛躍している現場に立ち会っています。
そしてそれはまた子供達の持つ無限の可能性にかける夢の世界でもあるのです。
それこそ今日明日の短期の時間では推し量れない力を持つ可能性なのです。
それは藤森、林両君の今までやって来た数々のワークショプを見ていて強烈に感じます。

しかしそのことの価値、意味をまだまだ皆知らなさ過ぎます。
しかし僕らは、それこそが今後の新しい街づくりの大いなるヒントと考えます。
アートが単なるアートではないと考えたら、それこそ無限の可能性を秘めた力を持つ何ものかが分かる筈です。

アサヒアートフェスティバルのテーマの変遷が示すように、参加アーティストも街、地域の人も進化、深化してきていると思います。
それは単に一企業のメセナの領域を超えた影響力を、広範囲に及ぼして来ました。
田舎の、地方の人間からするとAAFの影響力は、おそらく東京の人間の想像力はるかにを超えているかもしれません。
土曜日の発表を聞いてつくづくそう思いました。

AAFが何時まで続くか分かりませんが、今までの実績とその影響力ははかり知れないものです。
どうかそのことを是非理解していただきたいと思います。
そして「ありがとう」と一言感謝の言葉を送らせていただきます。


















































Posted by 漫遊国 at 04:48 | Comments(0) | TrackBack(0)